自律と自立を育むシンガポールの学習塾
学習塾KOMABAシンガポール
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NHK「これでわかった!世界のいま」取材と防災授業③

仙台市から国道45号線を北東に。海の匂い、というよりも海沿いの工業地帯の様相になるといつの間にか多賀城市。 すぐに塩釜市、利府町を通り抜け、日本三景のある松島市、東松島市、石巻市。ここで進路をほぼ真北に変え北上川を左手に併走すると登米市。毎年盆と正月に訪れた母の実家がある柳津から進路を東に向け、山間から突然視界が開けると、広がる南三陸町の海。 ここからはリアスのギザギザ道をひたすら北上し、宮城の最北気仙沼市。更に岩手へ入ると陸前高田市、大船渡市… 7年が経過した2018年2月、シンガポールの旧正月を利用して帰省した際、仙台から青森までを海に沿って結ぶこの国道45号線を北へ北へと車を走らせました。 2011年4月当時、同じルートを北上して気仙沼市までたどり着きましたが、「同じ道」はありませんでした。 海沿いの町はこれでもかというくらい破壊され、迂回に次ぐ迂回。 瓦礫の山に囲まれて曲がりくねって作られた「道」は、明らかに誰かの家があったであろう場所もありました。 どこまでが住宅地だったのか、農地だったのか、道だったのかが全く分からない灰色に煙った景色。 全てを洗い流してしまったくせにそ知らぬ顔して深い青でたたずむ海。 それが海沿いの国道45号線沿いに延々と広がる姿でした。 7年が経った今、道はきれいに舗装され、あれだけあった瓦礫は嘘のように消え去っていました。 しかし走り続けていると市や町境を越える度に風景が変わることに気づきました。 3階建てビルよりも高い土地の基礎を延々と作り続けている町、12メートルもの高さの防潮堤が海岸にそびえ、目の前にあるはずの海が全く見えなくなった町、水産業のための設備を最優先で復興させたであろう町、そして2011年3月11日から時間が止まってしまっている町……。 被災地域のこれまでの7年間を理解しようと思っても到底できない、ましてやその苦難を背負い続けている方々の思いをはかり知ることはできない…。 そんな思いで私はシンガポールに住む日本の子どもたちに何を伝えたらよいだろうか…頭が真っ白になっていくのを感じていました。 〈④に続く〉