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連載「日々邂逅14」—ディック先生—

日々邂逅14
ーディック先生

青年海外協力隊員には(今も変わっていなければ)必ず「カウンターパート」なる人がいる。

活動が隊員赴任時のみの点で終わらないよう、同じ視点で課題に向き合い、技術移転を直接的にしていく相手だ。

音楽隊員だった僕がジンバブエに赴任していた時、それが同じ小学校に勤めるディック先生だった。

※一番右がディック先生

年齢はちょうど僕より干支一周分上。

年齢だけではなく教育者としてもはるかに僕の先輩だったディック先生は、全てにおいて優れた人間性を持った心から尊敬する人物だった。

例えば、協力隊アルアル話の一つに「現地の人と仲良くなりすぎてはいけない」という不文律がある。

親しくなりすぎると個人的支援、具体的にはお金や物を迫られて断りづらくなってしまうからだ。

ディック先生は活動中も、それ以後もただの一度もそういうことが、ない。

ディック先生は自分の利益ではなく、常に子どもたちのことを最優先で考え、行動ができる人だ。

(経験のある方なら、このことがいかに希少か・・・十分にご理解いただけると思います)

そんなカンターパートを持てた僕は他の隊員からすると、いつも羨望の的であった。

※ディック先生と相談し支援をした障がい児のコスマス君。右半身不随である彼は今は立派に成長し、州の役場で働いている。

こんな笑えないエピソードがある。

 

ある小学3年生の両親を亡くしてしまった男の子がいた。

ジンバブエは公立小学校でも学費を払えないと学校へは行けない(正確に言うと進級が出来ない)。

ちなみのその学費は、私がいた当時、日本円にして500円ほど。年間で。

で、その子は学校へ行けず、毎日時間を持て余すように村の唯一のバス停近くの木の上で過ごすようになった。

※実際のその子。本来であれば学校へ行っている時間、いつもこうして木の上にいた。

それを知ったディック先生。

年間500円ほどの学費であれば、仕事をしている大人であれば十分に払える額だ。

しかしもしも彼にそのお金を払ったら、他にいる100人近くの同じ小学校の孤児に対して学費を払わねばならなくなる。

しかも継続的に、せめて小学校を卒業するまで何年も。

そこでディック先生は考えて、その子に提案した。

「君のお兄さんは竹を編んでカゴを作る仕事をしているだろ?だからお兄さんからカゴ作りを学んで、私のために一つ作ってくれ。それを私は500円(=1年間分の学費)で買い取るよ」

この考え方は協力隊、というより開発途上国支援の基本とも言える。

災害などの緊急支援を除く無償の支援は、かえって相手をダメにしてしまうことがある。

果たしてその男の子はディック先生のために不格好なカゴを一生懸命に作ってきた。

ディック先生は約束通り、500円相当のお金を渡して「これで学校においで」と伝えた。

ところが・・・その男の子はお兄さんからの勧めもあり、そのままカゴ職人になってしまい学校へは来なかった・・・小学生なのに・・・。

ちなみに僕はそのお兄さんのこともよく知っていたが、15歳にして既に子どももいて、そして奥さんも二人いた(ジンバブエは一夫多妻が根強い)。

 

悲しそうな笑みを浮かべながらその話をしてくれたディック先生は「だから教育が必要なんだ。シン(僕)、もっと教育について教えてくれ。どうしたらいいか教えてくれ」といつもいつも問いかけてきた。

僕はディック先生以上の教育者、いや、人物に会ったことがない。

僕にとっては「世界ぜんたいが幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と言った敬愛する宮沢賢治を現代にもってきたような、そんな人だ。

 

そんなディック先生と、つい数日前にwhatupでビデオ通話をした。

自分の家では通信状態が悪いため、わざわざ州の教育省のオフィスに行っての通話だった。

「今、一番困っていることは何?」

という僕の問いかけに対して、ディック先生は「農業だ」と答えた。

「ジンバブエの食糧不足は深刻だ。食べるものがない。子どもたちの未来のために、まずは自給できるための教育が必要だ。だから私は州のいろんな学校を回って農業を教育の中で教えている。子どもたちが生きていくための知識と技術が必要なんだ」

20年前と変わらず、そう熱弁を振るうディック先生。

映し出されるwhatup越しのディック先生の指は、大きく、太く、ひび割れ、傷だらけで、でも温かくて。

反対にシンガポールで教育なるものを進めている自分の指は、どうだろうか。

コロナやらなんやらしんどいこともありますが、自分の指をかつての、いや今もってカウンターパートだと思っているディック先生に見せられるだろうか。

 

子どもたちの未来のための教育。

言うは易し。

今、自分たちが心に決めなくてはならないことって、コロナ禍をどうやりすごすか、ではなく、どんな未来になっても強く生きていける力なのだと、改めてディック先生から学ぶのです。

 

石川